『光は、ポストに届いた。──』
—
あれは、よく晴れた日だったと思う。
季節はまだ寒く、でもどこか夏の気配が混じっていて、通りの人たちのコートも少し軽くなりはじめていた。
私の尻は、ずっと静かに疲れていた。
治りかけては切れ、治りかけてはまた切れ。
まるで、回復という言葉だけが私の体に許されていないようだった。
完治などという夢を見たこともあった。
だが、あれは夢だった。
そんなある日。昼休みの流れで、私は“なんとなく”丸亀製麺に入った。
毎年恒例の「トマたまカレーうどん」を食べるためだった。
期間限定うどんは、いつもなら選ばない。でもトマたまカレーうどんだけは違った。
あれは、とても美味しい。

店舗によるが、今はネギと天かすに加え、ワカメもご自由にお取りくださいシステムのようだ。
カレーにワカメ。
合わないと思いながら乗せたが、めちゃくちゃ合った。
——-翌朝、私はトイレで横たわりながら、
「なぜ、あんなにもスパイシーだったのか」と自問していた。
あのカレーうどんは、私の内側にある薄氷を、完全に打ち砕いた。
—
薬がなければ、この痛みからはもう逃れられない。
そう思った私は、迷わず楽天市場を開いた。
ありがたいことに、坐剤はネットで買える時代だ。
かつてならば、薬局の奥で処方箋を出し、誰とも目を合わせずに受け取っていたそれが、今や「クリックで尻に安らぎを届けられる」。
しかも、ポイント還元。1000ポイント以上。

私は思った。
「実質、私の尻の尊厳が100円で買えるのでは?」
このとき、何かが吹っ切れた。
私は迷いなく注文ボタンを押した。
そのときの私には、まだ余裕があった。
—
商品発送のお知らせを待ち続けていた私のもとに、届いたのは
**「発送遅延のお知らせ」**
だった。
メールの件名を見た瞬間、心が、凍った。
本文を読まなくてもわかった。
私の尻が、もう数日この状態を耐えなければならないということを。
メールをスクロールしながら、私は便座に座り、ため息とともにひとしずくの涙を流した。

「なぜ今……なぜこのタイミングで……」メールの文章は丁寧だった。
でも、私の尻には何の救いもなかった。
—
それは数日後、何の前触れもなくやってきた。
朝、何気なく郵便受けを見ると、そこに一通の封筒が入っていた。
茶色の封筒に、黒色の文字。
──コワレモノ。
私はその言葉に、不意に胸が熱くなった。
まるで私の状態を見透かしたような、優しすぎるラベリング。

配送業者さんへの気遣い…?
いや
これは、私への優しさだった。
封筒の中に手を入れ、少し硬い箱を取り出す。手に収まるサイズ。
でもその重みが、あまりに静かに、心に、尻に沁みた。
—開封した中身は、思っていたよりも大きかった。
坐剤──もっと小さな、軽いものを想像していた。
だが、実物はしっかりとしていた。
そのサイズに、最初は戸惑った。
けれど、ふと気づいた。
「これは……効くサイズだ」
きっと、長年戦い続けた者の尻にこそ必要な、“説得力のある形”なのだろう。
私は腰を下ろした。
下ろした先に、たまたまボラギノールが置いてあった。
なるほど、「何か」が終わった気がした。
痛みが、去った。
—
あの夜から、私は眠れるようになった。
寝返りの角度に怯えることもなくなり、座るたびに表情を失う必要もなくなった。
たかが坐剤。されど坐剤。
これはただの医薬品ではなかった。
尻の尊厳を取り戻す、最後の砦だった。
今、私のポストには大量の株主総会の案内しか届かない。
でもあの日、あの「コワレモノ」が届けてくれたものは、たしかに私の尻に、そして心に、届いたのだ。