序章:体重計と、焦り
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健康診断が近づいていた。
去年の私は、46.5キロだった。
誇らしかった。
あの数字は、ひとつの称号だった。
だが今、体重計は容赦なく「49.8」と表示している。
これはもう、“50”の亡霊が背後に立っているということだ。
このままではいけない。
あと少し、ほんの少し減れば、私はまた“46”に帰れる。
私は考えた。
「出せばいいのでは?」
第一章:父と、箱と、秘密の取引
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手がかりは、思いがけないところにあった。
食卓の上に、父の“大量のピンクの粒”。
そう、それは──コーラック2。
なぜ父がこれを常備しているのかは、聞かなかった。
ネットで「コーラック」と「コーラック2」の違いを調べたが、どちらが“強い”のかよくわからなかった。
だがその謎が、私の決意を鈍らせることはなかった。
世の中は大体2のほうがすごいことになっている。
「それ、ください」
そう言った私に、父は満面の笑みでこう言った。
「いいよ!!!まだまだあるぞ〜!」
なぜ、そんなに嬉しそうなのかは、聞かなかった。
そしてその後、何度も父はこう聞いてきた。
「出た?もう出た?」
第二章:服用、延期、そして決意
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土曜の夜、コーラック2を前に、私は悩んでいた。
「今飲めば、明日には……」
だが日曜日、私は歯医者のバイトだった。
下痢と診察台、それは決して相容れない。
尻と白衣は共存できない。
私はその夜、涙をのんでコーラック2を机に戻した。
翌日、バイトを終えた私はついにそのときを迎える。
日曜日の昼食前。
ピンクの錠剤を、2つ。
ネットにはこうあった。
「6〜11時間後に効く」
つまり、18時から深夜1時の間に、私の腸はすべてを清算する。
第三章:カウントダウンとヤマダ電機
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私はその日、静かに時を待った。
昼食後、スリルを味わうため、40分かけて徒歩で隣の市のヤマダ電機へ向かう。
店員さんに声をかけられたとき、こう答える予定だった。
「お時間ありますか?」
「あと◯時間で下剤が効きます」
だがこの日に限って、誰にも話しかけられなかった。
この腸に抱えたカウントダウンを、誰とも共有できず私は帰宅した。
第四章:効かない夜と、来たる者
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夜になっても、腹は静かだった。
ネット情報が間違っていたのか?
まさか、効かないこともあるのか?
不安と49.8キロを抱えたまま、私はそのまま就寝した。
そして、朝。目覚めると、そこにいたのは私ではなかった。
急な悪寒。
お腹の奥で何かが目を覚ました気配。
そして
──記憶は、途切れる。
次に体重計に乗ったとき、私は47.5キロだった。
お腹は、ぺったんこだった。
終章:46.5への帰還
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翌日の火曜日、健康診断。
最後の追い込みのため、新宿駅から競技場と野球場の横を歩く。
徒歩約40分。
着いたのは超高級健診館、MEP青山。
体重計に立つ。
数字を記録したお姉さんが言った。
「数値はいつもと変わりないですか?」
そこには、**「46.5」**があった。
「はい。いつも通りです。」
私は目を閉じた。
何かが報われた気がした。
流したものの代償として、私は去年の自分に戻れたのだ。
コーラック2、父、そして私の執念。
すべてが噛み合った、静かな勝利。
これは副作用でもなく、奇跡でもなく、
「計算された排出」だった。