序章:照射の先に、私の脂肪が待っていた。
—
尻から始まった戦いだった。
脱毛、という名の光線に照らされ、上尻だけが静かにつるりとしたあの日。

その帰り道、私は思った。
──毛の次は、セルライトじゃないか?
歩行するごとに揺れるそれは、もう“肉”というよりも、小さな生命のようだった。
私は新たな予約ボタンを押した。
セルフエステ。
それは「脱毛の次に私を照らすもの」だった。
一章:鍵のかかる美の静寂
—
エステルームは、チョコザップの中でいちばん“個室”だった。
ちゃんと鍵がかかる。

カバンを掛けるところもある。
ハンガーもある。

ジェルもあるし、ティッシュもある。

つまり、人に見られずに美を追求できる環境は整っている。
……ただし、“静寂”とは言えなかった。
壁の向こうからは、ジムゾーンで筋トレ中のオジサマたちの声がリズムよく聞こえる。
「フンッ……!フンッフンッ!!」
「うぉぉぉっ、ンッ……!」
その魂のこもった掛け声たちは、私の個室に程よく反響し、空気を震わせる。
そして、私は気づいてしまったのだ。
二章:ジーとフンの交響曲
—
顔用の小さなヘッドを手に取る。
ジェルを塗り、そっと頬に押し当てる。
機械が唸り始める。低く、静かに。
──ジィィィィィ………

そこに重なるのは、壁の向こうのオジサマの「フンッ!」
もう一人の「フンッフンッ!」
私は、リズムに乗った。
1フンでこめかみ、
2フンで頬骨、
3フンめでフェイスラインへ。
顔の上をなぞるラジオ波は、バイオリンの弓のようだった。
私は今、指揮者だ。
右手に握ったこの白いマシンが、私という舞台に、音を重ねていく。
美と筋の交響曲。
誰にも見られない個室で、誰にも聞こえないはずの音に、私は包まれていた。
右の頬は、春のようにじんわりと温かく、左の頬はまだ、冬だった。
この顔の中に四季があることを、私はこの日初めて知った。
三章:脚に隙間、でも心は埋まらない
—
次に向き合ったのは、脚だった。
太もも。ふくらはぎ。膝の裏。
“わたし”を支えるために日々踏ん張るパーツたち。
でも今日は、私が彼らを支える番だった。
脱ぐか、脱がないか。
葛藤はあった。
でも脚全体をやるには──
脱ぐしかなかった。
私は静かに、服を滑らせた。
そして、身体用ヘッドに切り替え、塗ったジェルの冷たさに小さく身震いした。
ヘッドを動かす。
動かす。
また動かす。
……暇である。
「ずっと自分でマッサージしてるってこと?これ、腕の筋トレでは?」
10分、20分と動かし続ける右腕に、妙な達成感と怒りが生まれてくる。
でも、終わったあと、鏡の前に立った私は驚いた。
太ももの内側。
そこに、隙間があった。
わたしの脚に、空間が生まれた。
それはまるで、過去と未来をつなぐ回廊。
私は、脚で時間を切り開いた。
終章:ホカホカと、ちょっとの孤独と、オジサマの呼吸音
—セルフエステとは、孤独だった。
でもそれは、
**“誰にも見られずに変われる孤独”**
だった。
誰かに指示されず、誰かに笑われず、ただ、ひとりで、ホカホカになっていく。
……そして、オジサマの「フン!」に励まされながら、私は右顔を春に、脚を新緑に染めた。
“美”とはこんなにも地味で、こんなにも愉快で、こんなにも誰にも気づかれないものなのか。
でもそれでも、私は、今日もまた行くだろう。
ジムの隣の小さな個室へ。
指揮棒を握りしめて。
ラジオ波と美の交響曲に参加したい方はこちら
—🎻